『日本その日その日』
明治10年に来日し、東京大学で動物学を教えたモース。
彼は、日本滞在中の観察記録を残しています。
その『日本その日その日』は、著者のスケッチも入っており、楽しい読物です。
当時の日本の大学生のようすも書いてあります。
石川欣一の名訳によって少し抜き出してみましょう。
「・・・9月12日、私は最初の講義をした。
私の学級は45人ずつの2組に分れているので、一つの講義を2度ずつしなくてはならず、これは多少疲労を感じさせる。
私はもう学生達にほれ込んでしまった。
これほど熱心に勉強しようとする、いい子供を教えるのは、実に愉快だ。
彼等の注意、礼儀、並びに懲悪な態度は、まったく霊感的である。
彼等の多くは合理主義者で、仏教信者も少しはいるかもしれぬが、とにかく、かくの如き条件にあって、純然たるダーウィニズムを叙示することは愉快な体験であろうと、今から考えている。
特に注目に価するのは、彼等が、私が黒板に描く色々な動物を、すばやく認識することである。
これらの青年はサムライの子息たちで、大いに富裕な者も貧乏な者もあるが、みな、お互いに謙譲で丁寧であり、また非常に静かで注意深い。
ひとりのこらず真黒な頭髪、黒い眼、そして皆青味を帯びた色の着物を着ているが、ハカマが如何にも半分割れたスカートに似ているので、まるで女の子の学級を受持ったような気がする。
学校の寄宿舎で学生達は、いかなる種類の楽器を持つことも許されず、将棋や碁もしてはいけない。
勉強の邪魔になるからである。
彼等の勉強は朝早く始まり、実にはげしいコツコツ勉強で、科目は日本の大学におけるものと全く同じだが、すべて英語である。
医科ではこれがドイツ語になる。
私の部屋の向うに、この家の一角が見える。
そこには日本人の学生が4人で一部屋を占領していて、朝は寛かなキモノを着て一生懸命に勉強しているが、午後太陽がカンカン照る時には、裸になって将棋や碁をして遊ぶ。
どちらも非常に難しい遊びである。
彼等はよく笑う。
気持のいい連中であって、午前中の会話を聞くとドイツ語を学んでいることが判る」。
この頃は、時計 ジェイコブなどのブランドの買い物でも役立つ英会話教育が盛んに行われていました。